元新聞記者が会社を辞めてから増えた「どうでもいい行動」2選

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会社を辞めてから、生活の中で選べる行動の幅が広がりました。

新聞記者として働いていた頃は、常に効率を考え、取材や締め切りのために動いていました。

しかし、フリーランスになった今は、誰にも指示されず、自分で時間の使い方を決めることができます。

他人から見ればどうでもいい行動かもしれません。

しかし、仕事のない時間が続く今の自分にとって、それは心を整えるための大切な儀式になっています。

今回は、元記者の日常に増えた「2つの習慣」についてつづります。

深夜2時のスーパーは「異世界」への入り口

1日の作業の中心は、案件探しや執筆です。

自宅でパソコンに向かい続け、気がつけば日が沈んでいることも珍しくありません。

そんな時、気分転換にふらりと向かうのが、近所の24時間営業のスーパーです。

昼間のスーパーは賑やかな生活の場ですが、深夜は全く別の顔を見せます。

人の気配はほとんどなく、冷蔵ケースの低い駆動音だけが響く店内。

陳列棚の商品も整然と並び、まるで時間が止まったかのようです。

記者時代なら、「明日の朝早いから」と寝ていた時間帯。

しかし今は、誰にも邪魔されず、ゆっくりと商品を眺めることができます。

買い物を済ませ、セルフレジへ。

深夜のレジには店員さんが一人だけ立っています。

ありがとうございました。

些細な挨拶を交わすだけですが、その小さなやり取りが、孤独な深夜作業で強張った心を少しだけ解きほぐしてくれます。

見慣れた街並みなのに、別の場所に来たような新鮮さ。

深夜のスーパーへの買い出しは、1日中作業していた体を解放してくれる、ちょっとした異世界旅行のような感覚です。

平日午後の公園で見つけた「普通の幸せ」

もう一つ増えたのが、平日の午後に公園を散歩することです。

煮詰まった午後、パソコンを閉じて外へ出ます。

記者時代、平日の昼間に公園にいるのは、少し休憩する時くらいでした。

ウォーキングを楽しむ高齢の方、ベビーカーを押すお母さん、部活動に励む学生たち。

落ち葉が風に舞う音や、小鳥のさえずりに耳を澄ませる。

社会は忙しく動いているけれど、ここでは時間がゆっくり流れている。

ただ歩いて、ぼんやりと景色を眺めているだけですが、「この穏やかな時間の中に自分の居場所がある」と思える瞬間があります。

植えられている木や花の種類を想像してみたりと、以前なら通り過ぎていた小さなことに考えを巡らせるようになりました。

無駄な時間は、心の「余白」

以前は、「効率的に動かなければ」と常に自分を追い込んでいました。

しかし、フリーランスになって気づいたことがあります。

ずっとアクセルを踏みっぱなしでは、心も体も壊れてしまうということです。

仕事が増えれば、こうした時間はなくなるかもしれません。

ですが、深夜の徘徊も、昼の散歩も、次に進むための大切な助走(余白)なのだと感じています。

これまで選ばなかった選択肢の中から、何を感じ、何を発見するのか。

そうした変化も、フリーランスという生き方の一部として、今できることを楽しんでおこうと思います。

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